プロフィール

はじめまして! 川北と申します。

私は現在、バツイチで3人の子供を育てるシングルマザーです。 本業は「主婦」ですが、自宅でパソコン1つを使い、インターネットの世界で生計を立てています。

現在の収入はというと、元夫の会社員時代の年収(約700万円)の数倍を、毎月軽く上回る金額を稼ぎ出しています。年収は年々右肩上がりで増え続けており、当時の10倍の壁を突破する確固たる自信もあります。

今でこそ、お金にも時間にも不自由しない、平日の昼間から自由に過ごせる生活を送っていますが、ここに行き着くまでの私の半生は、決して平坦なものではありませんでした。

ネットビジネスという世界に出会う前は、「この先どうやって生きていけばいいのか」「どうやって3人の子供を1人で養っていけばいいのか」と、完全に路頭に迷っていたのです。

今回は、私がどん底から這い上がり、自由な人生を勝ち取るまでのストーリーを自己紹介としてお話しさせていただきます。

1. 貧乏な幼少期:母1人、子1人のアパート暮らし

私の生まれはド田舎です。物心ついたときには、田舎にある小さなアパートで、母と私の2人きりの生活が始まっていました。

私の実の父親は、酒乱で職を転々とするような人だったそうです。母親はそんな父親に見切りをつけ、私がわずか1歳のときに離婚し、家を飛び出しました。母親は父親のことを多く語りませんでしたし、私も聞いてはいけない空気を感じていたため、父親に関する記憶はほとんどありません。

やはり子供心に、片親であることには居心地の悪さを感じていました。「父親参観日」のときなどは、周りの友達の家族を見て、いつも肩身の狭い思いをしたのを今でも鮮明に覚えています。

母はスーパーで働いていましたが、それだけでは生活が苦しかったのでしょう。夜、家に帰ってきてからも、夜な夜な内職をしていました。

当然、夏休みなどの長い休みになっても、旅行に連れて行ってもらったことは一度もありません。外食をした記憶も、人生で1、2回あるかないかです。

「うちは貧乏だから仕方がない」と半ば諦めていましたが、そんな生活の中でも、母は私を高校まで何とか進学させてくれました。高校すら行けないかもしれないと覚悟していたので、進学させてくれた母親には今でも深く感謝しています。

ですが、大学や短大への進学は経済的に絶対に無理だと分かっていたので、母には相談すら設定せず、高校卒業と同時に就職の道を選びました。

2. 花の結婚生活から一転、ギャンブル依存症の夫との修羅場

運よく、そこそこ大きな電子部品の会社に事務職として就職することができました。そして、そこで出会った男性と職場結婚をします。入社3年目で結婚し、寿退社。憧れていた「普通の幸せな家庭」を手に入れ、その後3人の子供にも恵まれました。

当時は確かに幸せでした。しかし、そんな幸せなひとときは長くは続きませんでした。

夫の給料は決して悪くはなかったのですが、子供3人を育てるとなると、それほど余裕はありません。そんな家計の状況であるにもかかわらず、夫は深刻なギャンブル好き(パチンコ、競馬、競艇)だったのです。

生活費として渡していたお金まで使い込まれ、挙句の果てにはキャッシングローン(借金)を組むハメになり、私たちの生活は一気に切迫していきました。

私は少しでも生活の足しにしようと、パートタイムで働き始めました。金銭的にも精神的にも余裕のない、ピリピリとした生活が何年も続きました。

夫は「もうギャンブルはしない、真面目に仕事をする」と言っていたにもかかわらず、裏ではコソコソと借金を重ね、ギャンブルを続けていたのです。借金が減るどころか、増えていく現実。信じられませんでした。

実は、念願の新築マイホームを購入したばかりだったのですが、借金の返済が追いつかず、家を手放さざるを得ない状況にまで追い込まれました。夫は完全に「ギャンブル依存症」になっていたのだと思います。

「このままでは子供たちの未来まで潰されてしまう」

そう確信した私は、ついに夫に見切りをつけ、3人の子供を連れて着の身着のまま家を飛び出しました。 まさか、自分の親と同じ「離婚の連鎖」を自分が引き起こすとは思ってもみませんでしたが、子供たちを守るためにはそれしか選択肢がなかったのです。

3. 夜の世界、そして昼夜を問わない過酷な労働の日々

離婚をして夫との縁は切れましたが、現実問題として明日から食べていかなければなりません。貯金も底を突いていたため、すぐにでもまとまったお金が必要でした。

しかし、高卒で特別な資格も「手に職」もないシングルマザーに、まともな条件の就職先などありません。そんな人間が、手っ取り早く、子供3人を養えるだけの金額を稼げる仕事――。

行き着いたのは、夜の世界(キャバクラ)でした。

もちろん、子供たちには詳しい仕事内容は隠していました。しかし、生きるためにはキャバ嬢になるしか方法が思いつかなかったのです。

ですが、私はもともとお酒が一切飲めない体質でした。それ以上に、極度の潔癖症だったため、見ず知らずの男性が触ったコップを握ることや、手を握られることに対して、精神的にどうしても耐えられませんでした。

心と体が完全に拒否反応を起こし、毎日お酒を飲んでは吐き、体調を崩す日々。体が悲鳴を上げ、休む日が増えてしまい、結局キャバクラの仕事は辞めざるを得なくなりました。

しかし、呑気に家で寝込んでいる暇はありません。 次に見つけたのは、ビルの清掃員の仕事でした。仕事を選んでいる余裕はなかったので、無我夢中で働き始めました。

ですが、昼の清掃員の給料だけでは、子供3人の生活費と家賃を払うと、生活はキツキツです。そこで、夜はコンビニの店員として深夜まで働くことにしました。

昼は清掃員、夜はコンビニ店員。 睡眠時間は毎日わずか3時間ほど。今振り返っても、よくあの時、体がもったなと思います。それほど精神的にも肉体的にも限界を迎えていました。

4. ネットビジネスの暗黒時代から、人生を変えた瞬間

コンビニの少ない休憩時間中、私はいつもスマホを必死にいじって「もっと在宅で、体を使わずに稼げる仕事はないか」と探していました。その時目に入ったのが、「パソコン1つで、ネットで稼ぐ」というネットビジネスの世界でした。

私は子供たちへの申し訳なさを胸に、なけなしの生活費を叩いて、最初のビジネス教材(ノウハウ)を購入しました。「これで子供たちに美味しいものを食べさせてあげられる、今の地獄の労働から抜け出せる」と気合を入れました。

昼は清掃、夜はコンビニ、帰宅後に家事をして、そこから深夜にパソコンに向かう日々。毎日必死に作業をしましたが、驚くほど全く稼げませんでした。

「次こそは稼げるかもしれない」と、焦りから別の教材を買い、また失敗し……気づけば完全な「ノウハウコレクター」になっていました。稼ぐためにお金を使っているのに、支出ばかりが増えていく暗黒の期間がしばらく続きました。

お金が完全に底を突きかけ、「もう人生終わりなのかな」「子供たちを不幸にしてしまう」と、暗い天井を見つめながら涙が止まらない夜もありました。

しかし、私は完全に諦めてはいませんでした。

そんな絶望のどん底にいたとき、ある「最短最速で安定収入を構築するための正しい道筋」に出会ったのです。

その仕組みを愚直に実践したところ、これまでの停滞が嘘のように、速やかに報酬が発生し始めました。そして、その報酬はみるみるうちに膨れ上がっていったのです。

収入源が1つ、また1つと増えていき、気づけばあの元夫の年収(700万円)を、個人の力で遥かに超えるようになっていました。

5. 苦難を乗り越えて勝ち取った、本当の自由

経済的な基盤を完全に構築できたため、私はあの過酷だった清掃員の仕事も、コンビニの仕事もすべて辞めました。

今では、毎週のように子供たちを大好きな外食へ連れて行ってあげられます。値段を見るストレスなく、好きなものをいくらでも買ってあげられるようになりました。

子供たちの夏休みや冬休みには、リゾート地へ長期旅行に出かけます。アメリカのディズニーランドへも行きましたし、お正月は毎年家族でハワイで過ごすのが恒例行事になっています。

何より変わったのは、「時間の自由」です。

学校の参観日や行事がある日は、丸1日仕事を休んで子供たちとの時間を最優先にしています。私が子供と一緒に学校へ行っている間も、体調を崩してベッドで寝込んでいる間も、インターネット上に作った「仕組み」が、私の代わりに24時間365日、自動で売上を上げ続けてくれています。

家に帰ってメールを開くと、「成約」の通知が何件も入っているのが当たり前の日常になりました。

昔の、睡眠時間3時間で必死に床を磨いていた自分からは、今の生活は想像もつきません。

最後に:かつての私のように、今苦しんでいるあなたへ

今になって冷静に振り返ると、私が昔ネットビジネスで全く稼げなかった理由は、とてもシンプルでした。

  • やるべき正しい行動をしていなかった
  • 自分の勝手な思い込みや自己流で進めていた
  • 間違ったやり方を続けていた
  • 結果が出る前に中途半端に諦めて、他のものに目移りしていた

実は、昔買い漁った教材の中にも、今見返せば「正しい手順でトコトンやれば稼げるもの」はたくさんありました。当時の私は、精神的にも金銭的にも焦りすぎていて、目の前の本質が見えていなかったのです。

お金、時間、心、体――。これらに余裕ができると、人生の選択肢は無限に広がります。

今、かつての私のように、「お金がない」「将来が不安」「大切な人を不自由させたくない」と、夜も眠れないほど悩んでいる方がいるかもしれません。

でも、安心してください。高卒で資格もなく、潔癖症で夜の世界もダメ、睡眠3時間の極限状態だったこんな私にでも、正しい仕組みを学ぶことで自由を掴むことができました。

正しい道筋を知り、信念を持って取り組めば、人生はいつからでも、どこからでも変えられます。

このブログでは、私が経験してきた「本当に安定して稼ぎ続けるための仕組みづくりのヒント」や、これからの時代を生き抜くための働き方のビジョンを発信していきます。

あなたの人生が一歩前へ進むためのきっかけになれば幸いです。 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

タイトルとURLをコピーしました